地域猫のようなおっさん。

人間模様

地域猫(ちいきねこ)とは、特定の飼い主がいないものの、地域住民の認知と合意の上で共同管理されている猫を指す。

wikipedia「地域猫」より

●フリーダムの向こう側

チワッス!
あしのっす!
早速だけど質問だ!

みんな! ホームレスの知り合いはいるか!
はい即答! いくぞ! せーの! いねーよ!

……まあ普通はいない。
俺にもいない。
だが過去にはいた時期がある。
どういう事かというと、比較的仲の良いおっさんが一時期ホームレスに身をやつしておったのだ。

彼はその後地域の人々の助力により(本人の努力いかんに関わらず)なんとなく社会復帰し、ギリギリで脱ホームレスに成功したので現状、俺にはホームレスの知り合いはいないのである。

今回はそんな話だ。

ものすごい勢いでパチスロに関係ない話なのだけど、ちょっと書きたいから書かせてくれ。

●亀仙流のおっさん

彼について書くのは少しむずかしい。
理由は簡単で、共通の知り合いが腐るほどいて、中にはこのブログを読む可能性がある人も少なくないからだ。何をどこまで書いていいかちょっと悩むけども、何となく大丈夫な範囲で出来るだけ曲げずに書いてみたいと思う。

彼との出会いは6年くらい前だった。今でも鮮烈に覚えてるけど、彼はその時オレンジ色のツナギを着てて、胸と背中には『亀』と読めるマークが記されておった。そう。ご存知、亀仙流の道着だ。


まあコレだな。実際こんな上等なヤツじゃなくてもっとペラッペラの生地だったし下はスニーカーだったけども、問題はそこじゃなくて、これを着てたのが50も半ばのおっさんで、しかもそこがコスプレ会場じゃなくてBARだったことだ。

さすが浅草。奇天烈なおっさんがいやがる……と、当時の俺は感心を飛び越え、むしろちょっとオシャレだなとすら思ったものだった。
まあ後に聞いた所では単純に「安かったから買った」らしいけども。

んでまあ俺は基本的にチキンなので普段ならそういう危なそうなおっさんには極力関わらないようにするのだけども、そこが行きつけの店だったのにプラスして、酔いもだいぶ回ってて気が大きくなっており、気づいたら隣に座り、ガッツリと話し込んでいた次第。

亀仙流のおっさんは、結構良いやつだった。
映画が好きで、音楽が好き。漫画もイケるくちだ。なかなかどうして、意外にも趣味があう。
そうして幾日か後には、すっかり顔馴染みになり、店の常連同士。たまに外でメシを食ったりする仲になった。

●そして家なき子へ。

仲良くなって3年ほどした頃だ。
いつものようにBARで飲んでると亀仙流のおっさんがきた。

「よう。ひろし……」
「○○さんお疲れさま。あれ。どうかしました? 何か暗いけど」
「うん……。実はさぁ──」

おっさん曰く、今住んでる浅草の部屋をおン出されそう、との事だった。

「なんでまた、おン出されそうに?」
「いやぁ俺さぁ、保証人が居ないから不動産屋が部屋貸してくんなくてさ……。だから知り合いの社長さんに世話になって貰ってるのね」
「うん。いいじゃないですか」
「それがさぁ、いろいろあって出て行けってなって」
「いろいろ?」
「うん……。まあ売り言葉に買い言葉みたいな……。ちょっといろいろあってさ。だから引っ越さないと行けないかもしれない」
「いやー、いいんじゃないですか? 別に。次も浅草住むんでしょ?」
「うん。そのつもりでいる」

と、この時には俺は亀仙流のおっさんの事を「ちょっと奇天烈だけど普通のおっさん」だと思ってたので──賃貸トラブルなんぞこの世界には掃いて捨てても捨てきれないほど山盛りにある話だし、そこまで大ごとだとはちっとも思ってなかった。

風雲はいつでも急を告げる。

次に会ったのは、忘れもしない鍋パの日だった。
足立区に住む友達……スキンヘッドのあんちゃんの所で──あれは冬季五輪でカーリング女子の三位決定戦かなんかやってた日だったけど、そのあんちゃんと、俺と、嫁と、亀仙流の四人でねぇ……。鍋をつついておった訳だよ。

まあ普通に話して、食べて、飲んでたんだけどさ。

なんかね。ちょっと臭いんだよ亀仙流。
最初「アレ? にんにくかな?」とか思ってたんだけど、もっと不穏な臭いなんだよね。鈍感な俺はそれが何を意味してるのか分からなかったんだけども、まあ鍋が終わって……我々の家は浅草だからさ。帰ろうとするじゃん。あんちゃんちは足立だしさ。
片付け諸々終わって。カーリングの試合も終わったし、俺と嫁が先に席を立って「ほら、○○さんも帰りますよ」って。声かけるんだよね。当たり前だよ。一緒に来たんだから一緒に帰るさ。当然。そしたら、亀仙流がこう……カウンターキッチンみたいな所の椅子にふんぞり返って人の金で買った焼酎をグイグイ飲みながら。

「オレ今日はここでいいと思ってる!」

ってなんか謎に自信満々にお泊り宣言してさ。
そこでピンと来たもんね。 はは~んさてはコイツ家ねぇな! って、
そういやなんかおン出されるがどうのとか言ってたわこの人!

「……いや何言ってんすか。帰りましょうよ」
「いやオレはここでいいと思ってる!」
「思ってるってなんだよ……。帰りましょ?」
「いいと思ってる!!」
「くッ……。なんなんだよマジで……。まあいいかもう……」

それから事態は秒単位で深刻化していった。
家がないから朝までどこかで時間を潰す。そうするとシャワーも浴びれず仕事にも行けないからお金がなくなる。お金がなくなるとお店にも入れないから公園で過ごす。

「え、公園?」
「うん。ひろしくん知らなかった?」

BARのマスターが、レモンサワーを作りながら言った一言に、俺は衝撃を受けた。

「それ、ホームレスじゃないですか」
「へへ。ホームレスだよ。○○さん」
「ウケる! やばいっすね!」
「ね。やばいよね。今もいるんじゃないかなぁ。○○公園」
「○○公園ってどこですっけ」
「へへ。すぐそこの──」
「あ。あの図書館の所の?」
「そう。あそこが縄張りになってるみたいだね」
「やば!! ちょっと見てきていいですか。心配だし」
「うん。ちょっと行って元気づけておいでよ」

この時は俺にも、そしてマスターにもまだ笑い飛ばせる程度の楽観はあった。後に全然笑えなくなるのだけども、この時はね。まだまだ──。

●この靴でどうやって働けっていうんだよ!

浅草のはずれ。暮れなずむオレンジ色の陽に照らされた児童公園に、亀仙流のおっさんはひとり、佇んでいた。フェンスの向こう側では黄色い帽子を被った雛鳥みたいな子供らが、スコップでもって砂場をほじくりかえしている。ベビーカーが二対。付かず離れずの場所に立つ母親同士が談笑を辞め、垣根に腰掛けた不審人物の前に突如現れた俺を、不思議そうに見た。

「あ、居た。○○さん!」
「……あぁ。ひろしか」
「何やってんの! ホームレスじゃんこれ!」
「いやまぁ……なっちまったな……ホームレスに……」
「ウケる! 大丈夫なの? こっからどうするのよ」
「まあ今はなぁ……。どうにもこうにも……」
「どうにもつったって……。仕事は?」
「うーん……。風呂入ってねぇから……。探しにも行けねぇよ……」
「あれまァ……そりゃ大変だ。とりあえずさ、ネカフェ代あげるから、シャワー浴びて元気だしなよ。メシ食ってんの?」
「食ってない」
「コンビニで何か買ってくるよ。あとタバコ何吸ってたっけ?」
「アメスピ……。オレンジの……」
「分かった。ちょっとまってて」
「悪いね……。ありがと……」

こうして、亀仙流を知る友達の和による、おっさんの地域猫化が始まった。
ある人はケータイを買い与え、ある人は酒を世話し、またある人は通りかかる度に小銭を渡す。
俺はなんとなくタバコを与える役割で、うちの奥さんは防寒具その他の──わりと現実的な備品を与えていた。

そう。全ては「ココ」で止めるためだ。誰も亀仙流のおっさんがプロのホームレスになるとは思っておらず、一過性の「現象」と考えていた。○○さんはちゃんとする人だから、そのうち復活するさ。○○さんも辛いだろうから、いまは応援してあげよう。○○さんは……○○さんは……。

そうして数週間後だ。

「チワッス。元気?」
「おお……ひろし……今日休みか仕事」
「うん。だから今ちょっと散歩中。うわー、昼間はやっぱ人多いなぁ公園」
「子供がうるさくて寝れねぇよ……」
「まあ公園は子供のための……っていうか、あれ。何飲んでるの? ワンカップ? え、昼間から? うそん」
「昨日○○が買ってくれて……」
「買ってくれたの? お金貰ったの?」
「お金貰った」
「は? それさ、酒代じゃなくて、メシとか風呂とかじゃないの?」
「かもな……」
「いや、かもなじゃなくて……。ねぇ○○さん、仕事とか探してるの?」
「今はちょっと……無理だよ……」
「何で無理なのさ。みんな支援してくれるじゃん。ケータイもあるしさ」
「いやぁ……もう、靴がさぁ」
「靴?」
「この靴でどうやって働けっていうんだよ……」

見ると、靴の先っぽの──ゴムの部分がペロンと剥がれて、つま先が丸出しになっていた。そういうのって赤塚不二夫の漫画の中でしか見たことなかったので思わず笑いそうになったんだけど、ふと変な事に気づいた。

「あのさ、靴って、うちの奥さんが買ってあげてなかったっけ?」

目が泳ぐ。
ああ、と思った。
働かない理由。働けない理由。靴や膝や、あるいは風呂。もしくは髪型。服装もそうだ。「ここにいる理由」を無くしたくないのだ。

それはとりもなおさず、独力での社会復帰を放棄しているか、もっといっちゃうと、ホームレス生活への順応……つまり、慣れちゃったことを端的にあらわしていた。

最初は面白がって世話していた人々も、段々と減って行った。
BARで亀仙流のおっさんが話題になる頻度も減ってる。
だめだこりゃ。だ。

──亀仙流のおっさんはいつしか、立派なホームレスになっておった。

●クオ・ヴァディス。

亀仙流のオッサンにとって幸運だった事が2つある。
ひとつが、彼が社会的に孤立していなかったこと。
もうひとつが、BARの常連に社会福祉士の女性がいた事だ。
さすがはプロ──。彼女は亀仙流のおっさんの現状を知るやいなや即座に行動を開始した。まるで稲妻である。三日後には亀仙流のおっさんは施設にブチ込まれて髪の毛を丸刈りにされ、その数日後にはあたりまえのように仕事が決まった。
決まった場所で横になり、三食をしっかり食べ、酒を抜く。
たったそれだけで、亀仙流のおっさんの目は別人のようにキレイになった。
門限を守り、働き、門限を守り、働き──。
ああ、復活だ、と思った。
俺らが好きだった亀仙流のおっさんが、もしかしたら帰ってくるかもしれない。
それは、生き別れた親族に、ふとした拍子に再会する喜びに似ていた。
そうして、数月後。

出所の日がやってきた。

「部屋が決まってさ。今日が引っ越しだった」

少しだけ伸びた坊主頭にタオルを巻いた、作業着姿のおっさん。その照れくさそうな横顔には、働く男の、凛とした自信が見えた。俺は思わず笑顔になった。がんばったね。○○さん。よく耐えたね。偉いよ。偉い。

「どんな部屋なの?」
「2.5畳」
「狭っ!」
「でも安いからさ。俺でも入れる所なんかそんなにないし」
「まあね。いいじゃん。家があるだけでもね。よかったね○○さん」
「うん。世話になったね、ひろし」
「いやいや、全然いいよ」
「こんどウチに遊びにきてくれよ」
「2.5畳の部屋に?」
「おまえ、馬鹿にするなよな」
「はは。ごめんごめん」
「テレビだってあるんだから」
「へぇ。テレビついてるんだ」
「いや、買った」

……え?

「まさか買ったの?」
「まあ、中古だよ中古」
「ああ、まあ、中古か。まあいいか。テレビくらい。中古だもんね。あーびっくりした。いきなり無駄遣いしてるのかと思ってさ。ははは。めでたい日に何言ってるんだろね俺。ごめんごめん。ちなみに何インチ?」
「48インチ」

……え?

「ええと……。ごめん俺、耳がアレかも。48って聞こえた」
「48インチだよ」
「部屋は?」
「2.5畳」
「それ入ンの? 物理的に」

亀仙流のおっさんは、あっけらかんとした笑顔で言った。

「入ったよ。全然入った」

──その夜だ。
家で嫁とこんな話をした。

「はぁ? 48インチ? それさぁ……。自分の立場分かってないんじゃない?」
「まぁ……。俺もそう思うんだけども、でもまあ、流石にあの人も分かってンだろ」
「何をよ?」
「次はもうねぇってさ。今回はよっぽどミラクルが起きて助かったけど、次は無いだろ流石に」
「甘い甘い。ひろし甘いなぁ。わたしは駄目だと思う」
「そうかぁ……? じゃあ……トトカルチョやる? ○○さんの一年後はどうなってるか」
「分かった。じゃあわたし『一年後はまたホームレス』に賭ける」
「いいよ……。じゃあ俺は『一年後もまだ頑張ってる』に賭ける」
「甘いなぁひろしは。角砂糖より甘いぜ──……」
「甘いかぁ? だって大人だぜ○○さん。たったの一年くらい──……」

それが大体半年前の事。
トトカルチョの結果は実はもうほとんど出てて、嫁の勝ちだった。
一年どころか、半年も保たなかった。

●この道はいつか来た道……。

さて。

コレを書いてるのが2019年5月の某日だけど、世の中には「五月病」というのがあってさ。これって単純にサボりグセみたいなのと絡めて語られる事が多いけども、実際は適応障害だったりうつ病だったり、そういうのが絡んでくる場合も多いんだってさ。んでその5月病で──新生活を始めた人の心がバキ折れて何もかも放り出すのって、だいたいこの季節。GW明け頃なんだよね。特に今年はGWが異様に長かったし、途端に気が抜けて仕事をサボりまくってバチスロばっかり行ってる人も居ると思うんだよ。絶対。それはそれで別にその人の選択だし、固有の人生なんだから駄目でもなんでもない。サボりたかったらサボりゃいいし、辞めたかったら辞めりゃいい。全然オーケー。ノンプロノンプロ。

でもね、いっこだけ覚えておいて欲しいのがね。「家賃は全てに優先して払ったほうがいいよ」という事です。これだけは本当に洒落にならない。実家ぐらしだったら別にいいけどさ。もし新生活を、実家から離れた所で始めたばかりで、会社辞めてパチスロばっかり打ってしまってる人がいたら、サラ金からお金を借りれるうちに借りといて、半年分くらい家賃を先に入れておいたほうがいいよ。冗談抜きでね。だって借金は返せばいいけど、家がなくなったら生活そのものが詰むから。ホントにホントだよ。逆に言えば、家賃さえ払っとけばどんな所からでも挽回はできると思う。ホントに。

あとは、ヤバそうだったら早めにNPOに相談する事。これも大事。

世の中には立派な人達が運営してる素晴らしい団体がたくさんあって、パチスロに関して言えばRSN(リカバリーサポート・ネットワーク)なんかがそうだよ。恥ずかしがらずに電話すりゃいいんだよそんなの。ガンガンしようぜ電話。「仕事辞めてパチスロ打ってて家が無くなりそう」な状況ってかなり緊急度高いから、絶対親身に対応してくれるさ。

まあかくいう俺もね。2013年あたりはマジでヤバかったし亀仙流のおっさんの二歩くらい手前まで行ってた自覚はあるんで、ホント今回はいろいろ考えさせられたよ。

「テレビだってあるんだから」と。

嬉しそうに言ってた亀仙流の、あの笑顔が見られる日が、また来ればいいんだけれど。

コメント

  1. 師匠 より:

    なんかあるよね。自分も昔の行きつけの飲み屋の飲み友達だったやつが、店のマスターから、あいつホームレスになって、この前来たんで少しの金を渡して今後来るなって言って追い返したなんて話を聞いたりさ。流石にここまで近いのは無いけどさ、やっぱ一度ほに適応しちゃうとやめられないのかねえ

    • ashino より:

      師匠!
      チワッス!
      ホームレスは3日で慣れるって言いますもんねえ。しかも結構楽しいとかなんとか……。ちなみにこれアップした日にも会いましたw

  2. ふん。 より:

    ひさびさの更新!
    あしのさん、ひろしってブログでは書くようにしたんですね!

    みんなで笑って鍋つつける日がくるといいですね。

    • ashino より:

      ふん。さん!
      チワッス!
      エントリの内容によってたまーに「ひろし」って使うようになりましたねぇ!
      もはやペンネームの意味が無くなってまいりました! 私生活をさらけ出すスタイル。イエア!

  3. より:

    うほっ
    ライク ア ローリングストーン
    切ねーなー

    でも、そういうボタンは全てのスロッターに備わってるわけで、あぁ業深きギャンブルですなー

    • ashino より:

      丸さん!
      チワッス!
      ほんと路傍の石ころのように転がり落ちていきましたねぇ……。
      とりあえずまあ、オイラも気をつけようと思いまする。こわやこわや。