【妄想スロ台】チャクラーAT(ビタ電子)

妄想スロ台

Hi Georgie.
What a nice boat. Do you want it back?

『IT~それが見えたら終わり~』より


だいぶ前になる。
ふらりと立ち寄った中野のホールにて、不思議なオッサンと出会った。
何やらクリップボードを片手にホールの通路を往復し、台の挙動を必死にメモしてる。
挙動不審だったが、何より目を引いたのはそのオヤジの格好だ。
だぶついたデニムのズボンをサスペンダーで吊り下げ、アンダーにはピタッとした紅白ボーダーシャツ。
髪の毛は極度の癖っ毛でゴワゴワしておりアフロのようになっている。
そしてその綿菓子のような髪の上には、小さなシルクハット──。
顔の中心には、真っ赤な丸い鼻が冗談のように鎮座ましている。
……付け鼻?

あまりに奇っ怪な様子だったので思わず立ち止まってガン見してると、オヤジも俺に気付いた。

それが、俺と社長との出会いだった。

●あやしいピエロ。

「やぁ。こんにちは」

いきなりオヤジから話しかけられる。
通路の両脇に並ぶスロ台からは派手なBGMがひっきりなしに流れていて五月蝿い事この上無かったが、オヤジの声はとても──言うなれば声変わり前の少年のそれのように──甲高く、雑音の波の中でもハッキリと聞き取る事ができた。

「ああ、どうも……チワッス」

なんとなく返事をすると、オヤジが右手を上げる。

「元気が無いね! キミは! こんにちは!」
「うわぁ……。こ、こんにちは……!」
「うむ。よろしい。ところでキミ。ぼくの顔に何か付いてるかい? さっきからジロジロ──」
「すいません──! なんか……」

へんな格好だったから、とはいえず、俺は咄嗟に嘘をついた。

「……知り合いに似てたもんで」
「へぇ。そいつは会ってみたいね。知ってるかい? ドッペルゲンガー。世の中には自分に似た人間が三人いて、うっかり巡りあうと死んじゃうんだぜ。芥川龍之介は会ったことあるんだって」
「芥川……ですか。パノラマ島奇談……」
「ソレは乱歩! 江戸川乱歩だよ!」

なにがツボったのか、オヤジは腹を抱えてさも可笑しそうに笑い、それからうん、と頷いた。

「キミ、名前はなんていうの?」
「え。ああ……あしのですけども──」
「あしの君か! パチスロは好きかい? このホールにはよく来るの? 仕事はしてる?」
「パチスロは好きです。このホールは初めてです。仕事は一応してますが……、一体あなたは……」
「おっと、自己紹介がまだだったね。ぼくは──」
言いながら、オヤジはだぶだぶのジーパンのポケットから一枚の名刺を取り出して、俺に差し出してきた。
咄嗟に両手で受け取ろうとして、バカバカしくなってひったくるようにして片手で取った。
オヤジの名刺には、こう書かれてた。

──有限会社ビタ電子 社長 山本ピエ郎

「ビタ電子……」
「そう。あの名機『カムカム!チャクラー』シリーズでお馴染みのビタ電子。ぼくが社長のピエ郎さ!」
「はぁ……」
「おっと。いきなり業界のビッグ・マンと出会ったんで目が点……! って所かな? あしのくん」
「いや、全然知りません。え、なに? チャクラー?」
「『カムカム!チャクラー』だよ! ああ。『カムカム!』はもしかしたら少し古いかもしれないね……キミはまだ若そうだから、『ユアチャクラー』とか『チャクラーボーイ』とか……『みなさんのチャクラー』とか、その辺の方がピンと来るかもしれない」
「いや知りませんが……俺ちょっとトイレ行きたいんですいません」
「ちょっとまった! まった! ね、知ってるでしょ、チャクラー! ね!」
「いや、知らねぇから。ちょっとどいて。マジ漏れる」
「まって! ねぇ! お金あげるからまって!」
「ホントすんません。てか怖いですから、もうちょっと離れ……ちょ……」
「ね! 知ってるでしょ! ホントは! 超有名台なんだから! チャクラー!」
「ちょ……ま……くっ……うるせえ! どけキチガイ!」
「ギャァーッ!」

なんか鬼気迫る勢いグイグイ来るオヤジを一喝して押しのけると、俺は一目散に逃げた。
やばい。あれは完全にキチガイだ。目がイカれてた。
てかピエロって怖いななんか……。
ホールを出てもなんかあのピエロが追いかけてくる気がしてソワソワと落ち着かず、思わず追手を巻くような感じで、知らない道をランダムに曲がった。

そして、迷った。

見知らぬ街。
見知らぬ空。
いつしかめっきり寂れた、町工場通りに出た。
どの工場もトタンで入り口が封鎖され、そこがすっかり打ち捨てられた廃墟であるのが、ひと目で分かった。
びょうびょうと冷たい風が吹く。
11月の乾いた風。
思わず二の腕がそばだつ。

と、苔むした土塀の先。
錆びたクズ鉄がうず高く積まれた空き地が見えた。
ツンと、オイルの匂いがする。
見ると、空き地の中央には、今にも崩れ落ちそうな、木造の小屋があった。
歩調を緩めず、横目で確認。
小屋の入り口には木板の看板が掲げられ。そこには赤いペンキでこう書かれていた。

──カムカム!チャクラーでお馴染み『ビタ電子』本社

「げぇ……」
つぶやいてうっかり足を止めると、土塁のように積み上げられた廃車やクズ鉄の脇から、あのキチガイ──……否、先ほどピエ郎と名乗ったオヤジがぬっと姿を現した。
思わず、ひぃ、と叫ぶ俺。
オヤジが一歩近づく。
「やっぱり、来たね。あしの君。キミは運命に選ばれたんだ」
「運命ッ!? 何いってんのこの人!」
「ぼくは今、ホールから真っ直ぐここへ返って帰って……いや、そうじゃないな……まっすぐじゃあない。途中でファミマによって、ファミチキを買うか、チーズまんを買うか、ちょっと迷ったんだ。時間にして三分か……四分。そうして結局ファミチキと、それからコーラを買って──……おそらくは向こうからやってきたキミとは全く違う道を通って、この場所に到着した」
「……ゴクリ」
「分かるかい? あの時ぼくがファミマに寄らなければ。それから、ファミチキとチーズまんのどっちにするか選ばなければ……。または、キミがひとつ、曲がる道を曲がらなければ……。もっと言えば、今日キミとぼくがあのホールで出会わなければ、ぼくらがまた、この場所で出会う事なんてなかったんだよ」

ピエ郎は愉快そうに笑って、それからダブダブのズボンから伸びる短い足で、コミカルにタップを踏んだ。
そうして、ハハ・ハハ・ハハと小刻みに笑いつつ、手に持ったファミマのビニール袋をぶんぶんと振り回す。

こいつ、完全にヤバイ奴だ!!

咄嗟に判断して、踵を返そうとした。
が、一方で、オヤジの宣う「運命」という言葉にちょっとだけ惹かれた。
たしかにオヤジの言うように、ここで──つまり看板通りの呼称を用いるならば『ビタ電子本社前』で、その社長たるピエ郎と再会する可能性なんて、万に一つか──数十万に一つの可能性のような気がする。
これは──。
もしかしたら何かすげえ事が有るのかもしれない。

「お、興味をもったね、あしの君。キミからとても強いオーラを感じる──!」
「オーラだと?」
「そうだよ。興味の色。風水でいうと金運は黄色だけども、もうひとつ、インタレストの象徴でもあるのさ。キミから今、その黄金色の──力強い……とても力強いオーラが立ち上ってるのが、このピエ郎の目にはハッキリと見えるよ!」
「ベルナビじゃねぇか!」
「いいね! そのツッコミいいね! スロッターって感じ!」

オヤジはまた、ハハ・ハハ・ハハとコミカルに笑って、ファミマの袋をブンブン振り回した。
たぶん中のコーラは偉いことになってるだろう。

「兎に角、ちょっと寄って行きなよ、あしの君。ぼくが作った新作を見せてあげる」
「え、新作? オッサ……ピエ郎さん、スロメーカーの人なんすよね?」
「そうだよ。アイ・アム・社長!」
「てことは、未発表の新台が、あの──」

親指を立てて、クズ鉄に埋もれそうなプレハブを指す。

「──糞ボロっちい建てもんの中にあるんですか?」
「その通り! 近日発表の出来たてホヤホヤ台! 『チャクラーAT』がね! てかボロくないよ。中は結構綺麗!」
「ほぇぇ……そりゃまた……」

ちょっと面白そうだな、と思った。

「見てっていいすか?」
「もちろんさ! 運命がそうさせるんなら、そう従おう!」
「運命──……おお……」
「キミは歴史の生き証人になるんだ。なんせ『チャクラーAT』はまだ誰も見たことがない斬新なシステムを搭載したスーパーハッピーな超爆裂台だからね!」
「爆裂機! このご時世に! 検定対策大丈夫っすか!」
「まかせてあしのっち! そこ抜かりないから! ぼく!」
「おお! すげえな山本さん! やるじゃん!」
「名前で呼べよ、あしの!」
「ピエ郎!」

というわけでピエ郎に誘われるまま、俺はプレハブ小屋に特攻することになった。

運命の名機。
なんだか、新しい出会いの予感がビンビン来た。

「よし。いらっしゃい。ちょっと散らかってるけど、我慢してよあしの」
「おけおけ。気にすんなよ。絶対なんにも触らねぇようにするから。うす汚ねぇし」

プレハブは六畳くらいの作りになってて、中央にはホコリにまみれたステンレスの台があった。
台の上にはクズ鉄で作ったと思しきスロ台がある。
直接ボトルで固定された鉄板。穿たれた穴から、黒いオイルが滲み出てる。
手書きのリール。丸見えのハーネスで接続された演出用画面は、拾ってきたカーナビだ。

「ごめんごめん。まだ試作機だから」
「オッケー。いいじゃん。なんかハンドメイド丸出しで! じゃあ──早速打たしてよ、ピエ郎!」
「もちろん! はい!」
「え、なに?」
「せんえんちょうだい」
「死ねっ!」
「ギャァーッ!」

うっかりピエ郎の真っ赤な丸鼻めがけて頭突きする俺。

「痛いよ! ジョーク! イッツジョーク! あしのっち! 落ち着いて!」
「なんだよ、ジョークかよ。美人局みたいな感じかと思ったぜ……」
「まったく……カルシウム足りてないよあしの……ほら、メダルだよ……」
「うわ汚なッ! なにこのメダル……」
「ちょっと錆びてるけども、気にしないで」
「うわぁ。触りたくねぇ……」
「でも台の面白さは保証するから……!」
「まじか……。ちょっと期待しちゃうな……。ああ、検定前の試作機打つの初めてだわ俺……」
「だしょ! なかなか出来ない体験だよね!」
「だしょって……古いなオイ……。それ井森美幸だったっけ……。バラドル……」

言いながら、とりあえずボロボロのメダルを投入する。
ぺぺぺ、という音と同時に投入ランプが輝いた。
どうやら通電はバッチリらしい。
んで厳かにレバオン。

「あ、今は開発用にエクストラ設定になってるから、3ゲームで必ずあたるよ」
「おお、そういうのあるのね。便利だねぇ」
「はい、1ゲーム……2ゲーム……、次のレバオン注目ね! あたるからね!」
「よし、叩くぞ。レバー……」

『オン!』

ゴーゴーランプがペカった。

「……おいピエロ野郎」
「ん? どうしたの?」
「お前、これどういうつもりだ?」
「え?」
「これ。本家のアレだろ?」
「なにが?」
「何がじゃねぇよ。これ。ゴーゴーランプ」
「ああこれ? ああ、なんか有るらしいねそういう台」
「あるらしいねじゃねぇよ。パクんなよ」
「それ向こうに言ってよ……」
「え、向こうがパクってんの?」
「いや、ぼくよく知らないけど……。まあ同じ業界だし? あんまりよその会社について色々言うのもあれだけども、そこの会社? なんだっけ、社名までパクってるらしいからさぁ。ぼくんちの……」
「お前正気か……? まあいいや。とりあえず揃えるぞ。ボーナス」
「あ。ビッグしか揃わないようになってるからね。早く揃えて」

言われるがままにBIG絵柄を揃えると、めっちゃジャグ感のあるファンファーレが流れた。

「お前いいかげんにしろよコレ……で、普通に消化すりゃいいのか?」
「そう。ここからが超斬新なシステムになってるから。これねぇ。やっぱやめようかなぁ打ってもらうの。あしの、他の会社にこのアイデア持って行ったりしないでね? ホント困るから。訴えるからね?」
「え、なにそれ。そんな斬新なの? マジで──?」
「保証するよ。ほんとケツ浮くから。あ、下品だったね。お尻浮くから」
「マジか……! ちょっと、やるわ。続行。打たせて」
「仕方ないなぁ。まあいいや。あしのはもうマブだから、特別に打たせてあげる。でも秘密だぜ?」
「わかった。秘密にする。誰にも言わない」
「クチチャックだよ? クチチャックできる?」
「うるせえ。さあ、レバーオン! ボタンをソイ、ソイ……」

『ソイ!』

第三ボタンを押してぶどう揃った瞬間、メダルがいっぱい出てきた。

「おい、これ50枚くらい出てきたんだけど」
「そう! 凄くないこれ! 払い出し55枚! ゴーゴー!」
「死ねッ!」
「ギャァッ!」

とりあえずそのままピエロに馬乗りになってボコボコにしてプレハブを後にした。

──それから三ヶ月ほど経つが、未だに検定情報に「チャクラーAT」の名前はない。
返す返すも、不思議な体験だった。
長いことスロってるけども、さすがの俺もあんなキチガイと出会ったの初めてだよ。
しかし。チャクラー。

いつの日か、あの台がホールに並ぶことはあるんだろうか……。

コメント

  1. 焼きたてのピエ郎 より:

    変わった話もあるもんだぁねぇ

  2. 師匠 より:

    来た〜
    これだよこれ
    待ってたよん