【心の名機】「パチスロ天外魔境卍MARU」(三洋物産)

心の名機

「おい地獄さ行ぐんだで!」

『蟹工船』小林多喜二,1929


もうあれは10年くらい前になる。
俺は当時とあるカルチャースクールみたいな所で働いていた。
今でも現存する会社なのであんまり具体的な事は言えないけども、そこはぶっちゃけ自己啓発系のセミナーを開催する怪しげな団体が資金作り及び人材育成・さらに人脈形成の為にやってたフロント企業みたいな感じで、ようするに「真っ黒くろすけ」であった。
顧問と呼ばれるオヤジは一部で「経営の神様」とか言われてたようだけども、俺の目には詐欺師にしか見えなかったし、実際やってたこともそのまんま詐欺だったらしく、先日見事に全国ニュースにて不名誉なデビューを果たした。神様が聞いて呆れる。

「オウフ……。やっと捕まったかこいつ……!」

コーヒーを飲みながら朝の支度をしてる時だ。
TV越しに目に飛び込んできた映像を見て、俺は思わず唸った。
嫁が膝の上の猫で暖を取りながら口を開く。

「知り合い?」
「前働いてた会社の顧問……てか実際の経営者だっヤツなんだけど……。まあいつか捕まるだろうなと思ってたんで……なんか、感慨深いねェ。ザマァ味噌漬け、だな……」
「何やったのこの人……?」
「出資法違反だってよ。当時から変わってねぇなァ……」
「ふぅん……。当時って……」
「もう10年くらい前になるなぁ。○○○ってカルチャースクールなんだけど──……」

●ナチュラル・ボーン・プレデター

その会社の仕組みはこうだ。
まず日本全国から出資者を募ってカルチャースクールのオーナーになってもらう。
出資金は300万。とはいえサラリーマンオーナーがカルチャースクールの運営なんか出来ないから、ほとんどは本社の社員が「店長」として派遣されてきて、実際のハンドルを握る。俺もその役割だった。
特徴的だったのはその「スクール」がほとんどタダみたいな金額で生徒を募っていた事だ。
そんなんで経営が成り立つわけはないが、これが実は成り立つのである。
カンの良い人は気づくかもしれんが、そう、その「スクール」の生徒相手にもうかりまっせ的な営業を掛けまくって、300万出資して貰っては超速で別に教室を建て、そしてその既存の教室をさっさと潰しちゃうのだ。

ビルド・アンド・デストロイ……。

脱サラして自分自身で利益を出そうとするオーナーの店はまだギリギリで現存しているぽいけども、本社の人間が運営するスクールは上記の理由により、教えるのが本業じゃなくてオーナー探しが本業であるがゆえ、新入社員などは会社の仕組みやら本来の目的なんかを「それとなく察知」した瞬間に、ほぼ全員が全力で授業をサボり始めていた。
俺なんかその辺は本当にフルパワーなので、一日に授業なんか30分くらいしかやってなかった。意味ないし。定期的に飲み会を開催してそこでオーナーの話を爺様とか婆様とかに上手い具合にやって、一本釣りできそうな客がいたら本部に投げる。なにげに得意だった。

たまんないのは300万出資したオーナーなのだが、そこが例の逮捕されたオッサンの凄い所で、おそらく……これはもう俺の想像に過ぎないけども、訴訟やらなにやらにならないように、もっと良い投資話だか何かを優先的に振るなどしてはその場をしのぎ、さらにカッ剥がされては信じ……。繰り返す輪廻の連鎖の如く、一度カモられた客は何度もカモらされ続けていたんだろうと思う。
今回の逮捕容疑も出資法違反だし。きっとそういう事なんだろう。

すげえプレデターがいたもんだ、と思う反面、「アントレ」とかに載ってる独立開業系の募集の中には、こういう怪しげなのがかなりの割合で混入していて、もしかして俺が知らないだけで、これは割と普通なんじゃねぇかなァ……。と、ちょっと怖いことを思ったりもする。

●ボロボロにKOされつつパチスロ打つ。

さて、ある日の事だ。
俺は某所にある本部に呼び出された。金曜の事である。
(その会社、ビックリする事に土日休みだったのだ。カルチャースクールなのに)
当時俺は都内某所の店舗を2つ掛け持ちして店長をやってたのだけども、それはつまり掛け持ちしても余裕でこなせる程度の業務しか無かったという事で、この「スクール」がどれだけ何もやってなかったか、という裏返しなのだが……、とにかく、その日部長から言われた一言にはちょっとだけ驚いた。

「あしのくん、悪いけどS県に出向してくんない?」
「え……。S県すか? 何で?」
「店長が飛んじゃって」
「飛んだ?」
「そう。来なくなったの。○○くん」
「なんでまた……」
「そのお店ねぇ、閉店するんだよね。40日後」
「はぁ……。え、俺行くんすか? 閉店店舗に」
「そう。悪いけど頼むよ。任せられる人他に居なくてさぁ……」
「いやですよそんな……。○○くんかァ……。あいつまさか真面目に授業やってないですよね?」
「やってるんだよそれが……」
「うっわ……。最悪だ……。サンドバックじゃんそれ……」
「しかもお客さん150人」
「うそでしょ……」
「ね、お願い。頼むよ──……」
「絶対イヤですよ。なんでそんな地獄みたいな──……」

3日後、俺はS県の大地に降り立っていた。
ホテル代も新幹線代も出ないので、毎朝5時に起き、3時間くらいかけての小旅行だ。
「く、クソ寒い……」
時期は真冬。閑散とした駅前商店街に、その店はあった。
前任者が店の鍵を持ったままブチ飛んでしまったので、まずは大家に挨拶に行き、マスターキーを貰う。一旦合鍵を作らせて貰ってマスターを返す時に、大家が言った。

「おたくさんの所、最近毎日、お客さんが入り口で待ってたよ」と。
さらには「先生大丈夫ですか?」と大家の所にも前任者を心配する声が届いているらしい。

それを聞いて絶望的な気分になる俺。
事態は想像よりずっとヘヴィーらしい。二の腕が粟立つ感じがした。
鍵を開け、開店の準備をする。授業開始は10時からだったのだけど、9時半にはもう最初の生徒さんが来た。70代の男性である。

「あれ……。○○先生は……?」
「あ、どうも、はじめまして。あしのと申します……。○○が体調不良でして、代わりにしばらくコチラでお世話になります……」
「あらら……。大丈夫ですか○○先生」
「んー……。まあそんな大したことはないんですけども、ちょっと時間がかかるみたいで……」
「心配ですねぇ……わかりました。あしの先生、これからよろしくお願いしますね……」
「うう……。カルテ用意しますので、お名前頂いてよろしいですか?」
「山田です」
「山田さん……山田さん……。おっと、三人いる……」
「あ、それうちの家内と息子ですね」
「………家族ぐるみ!」
「ええもう──。うちの家族はみんなここが大好きで……。○○先生とは良く一緒に御飯を食べててねェ。春になったらバーベキューに行こうなんて約束もしてて──。あ、そうだ。あしの先生も一緒にいかがですか……?」
「バ、バーベキューですか?」
「そうです。人数が多いほうが賑やかでいいですからねェ……。是非──」
「い、いやぁ……。そうっすねぇ……。バーベ……。なるほどなぁ……。えーと……すいません山田さん。ちょっといいですか?」
「どうしました?」

意を決する、というのはこういう事だな、と思った。
もう言うっきゃねぇ。ゴクリ。つばを飲む。息を吸う。相手の顔色を伺いながら──。

「近々個別にご自宅に案内が行くかと思うのですけど、こちらのスクールの閉校が決まりまして──」

声帯は口の奥にあって、声はそこから出るのだから、言葉もまた口からしか出ない。当たり前だ。だけどその時の山田さんの瞳の色は、音波と同程度の正確さでもって、俺へのはっきりとした敵意を伝えてきた。びっくりする程にね。どうやら本当に、目は口ほどに物を言うらしいし、それは単純な罵声よりも、深く心に刺さった。

「はぁ、そうですか」

山田さんと喋ったのはこれが最後だ。
あとは教室でもずっとシカトされてたし、その奥さんからも同じ扱いだった。息子さんに至っては直接閉店を伝えるチャンスすら訪れなかった。
ただこれは、山田一家が善良であったからこその話で、例えば別の人の場合「承服出来ないから閉校の経緯が分かるまでしっかり説明しろ」と1時間も2時間もゴネたり。感情的になって怒鳴り散らかしたり。あるいは「会社」ではなく、俺自身が閉校を決定づけた人間であると単純に解釈して「頼むから潰さないで」と懇願されたり。メンタルだけじゃなく、フィジカルの攻撃に出ようとするオッサンもいた。アクティブな会員が150人もいるのである。その150人が一致団結して敵に回った。これはかなりの恐怖だった。

○○くんの時代には笑顔と笑い声に満ちあふれていたであろう教室が、今や怨嗟と怒りが充満する、呪いの匣みたいになってた。俺は教室の隅っこにパーティションを導入して、その奥でひたすら残務整理をし続けた。生徒さんは勝手にやってきて、勝手に機材を使って帰って行く。挨拶もない。学級崩壊である。ただ教室にぶら下がってるサンドバック──しかも都内から3時間も掛けてやってくるボロボロのサンドバックである。それが俺だった。分かってた事ではあったけども、これが40日も続くというのは、難易度があまりにインフェルノ過ぎた。

抑圧されると凹む人もいるし、逆に怒る人も居る。俺はどっちでもない。無である。感情が平坦になって、「どうでもいいや」と思った。そして残務整理もほぼ終わったある時にとうとうどうでも良さのパラメーターがいよいよマックスまで到達し、ついには「もうこれ俺居なくてもいいんじゃねぇか」という結論に達した。

逃亡である。

A4用紙に「外出中。御用の際はお電話を」という言葉と、業務端末の番号をマジックで書いて、事務机の前のパーティションに貼った。それから、何人か居た生徒さんに「ちょっと出てきます」と告げて、そのまま街を散策し、マクドナルドでチーズバーガーを食べてから、商店街に向かった。

目を左右に走らせながら、短いアーケードを放浪する。やがて──。
「ああ……あった。良かった──」
煌々と輝くネオン。
僕らの味方。永遠のユートピア。そう。みんな大好きパチンコ屋だ。
よし。オーケー。俺はS県にパチスロ打ちに来たんだ。
そう思うとふわりと心が軽くなった。

●さらなる悲劇。そして天外魔境

最初はなにかあったらすぐに店に戻れるよう、ジャグラーなんかを中心に打ってた。
実際それで良かったし、地獄みたいな時間もだいぶ潰す事ができた。
たまに休憩札を刺して教室に戻り、掃除したり機材のチェックをしたりして、またホールに戻る。その繰り返しだ。生徒さんの数もだんだん減ってきて、いい感じで閉店に向けての準備が出来ていった。残り半分。あと20日だ。見えてきた。この所はクレームを受ける事もほぼなくなって来たし、このまま行けば無事にミッションが終わる。そうすればまた俺は都内の店舗でぬくぬくと本でも読んでればいい。楽勝である。俺の人生はオールオッケー。大丈夫。大丈夫──。

と、事態がだんだん好転してた折、事件が起きた。

給料が入って来なくなったのである。
最初それに気付いた時は「なんかの間違いだろうな」としか思わなかったんだけども、本部に電話して確認するとはっきり「いやー今月ちょっとやばくてさー。申し訳ないんだけども少し待ってててね」みたいな事を言われた。

橋本真也のチョップ並の衝撃。
思わず腰から崩れ落ちそうになった。
まあ、ヤバイっていうんならヤバイんだろう。
3日くらいして確認すると、まだ入ってない。完璧に遅配である。

「あのー……。そろそろ下さい。給料」
「ごめんねぇほんとに。もうすぐ払えると思うんだけども……。ちなみにいま幾ら必要?」
「……は?」
「必要な分だけ先に入れるから。金額言って」
「!!?」

まさかのお小遣い制である。
まだギリギリ20代で世間がよく分かってなかった俺は、この時はっきりと「世の中にはドス黒い邪悪な大人がいる」という事を知った。なにゆえお小遣い制で毎日3時間も掛けてくっそ遠い所まで来た上、お客から敵視されながらパチスロで時間を潰さねばならんのだと。
いやまあパチスロ打ちながら給料貰えるだけすげぇと今は思うけども、当時の俺はかなり絶望した。

「なにやってんだ俺」と。

とりあえず5万だけ入金して貰って、そのお金を握りしめて途方に暮れた。
そして途方にくれながら「意味」を考えた。
こういう状況でこういう遅配が起きるというのは、何か意味があるはず。
社会とはなんぞ。人生とはなんぞ。はたまた、お金とはなんぞや。と。
いつものパチンコ屋である。
もはや店に戻るつもりはなかったので、なんかART機を打とうと思った。
目に飛び込んできたのは懐かしいキャラクター。ハドソンからPCエンジン向けに発売された『天外魔境』が原作の台らしい。おー、なになに? 4号機時代のストック機を彷彿とさせるシステムゥ? なによォ。こんなんあったのォ? 早く教えてよォ。良いじゃーん。俺向きじゃーん。時間あるしさぁ。お金も5万円持ってるしさァ。ブチ込もうよコレェ。全部行こうよォ。こんな感じで座った所、オスイチでプレミアムBIGを引いた。(確率1/16384)
そしてめっちゃ出た。未だ入って来てない給料分、余裕で稼げた。

「あ、もうどうでもいいや」

ふと思った。
後にも先にも、この時ほど総てがどうでも良くなったことはない。
同時に仕事を辞める決意も固めた。
どうせ詐欺すれすれの仕事だし、誰にも喜ばれない。だいたい折角修了した教職課程が無駄になるのがイヤで何となく受けた会社だし。もういい。すぐ辞めよう。
景品を交換して、ちょっと厚くなった財布をケツのポッケに仕舞って。
閉店作業の為に教室に戻る道すがら、本部に電話した。

「あしのくん? さっき5万円入れたよ? 残りはねぇ、たぶん一週間以内には……」
「あ、辞めます」
「え?」
「今のこのエクストリーム・サンドバッグ・チャレンジが終わったら辞めます」
「どういう事? ちょっとまってて今社長と──」
「いや。良いっす。話したくないです。おつかれさまでした──」

帰りの電車。3時間の道程で、俺はボンヤリ今後について考えた。
なにやろうかな。次……。そうだ、俺ずっと文章で喰って行きたかったし、ライターやってみたいな……。ライターってどうやってなるんだろう……。

●この世に悪の栄えた験し無し。

「──という事があってさぁ……。ひどい会社だったよ。結局そっから1年くらい居たんだけども、最後の方は2ヶ月遅れとかだったもんなー給料」
「へぇ……。すごいね。それが、この人?」

猫をなでながら、先程のニュースをスマホで検索したらしい嫁が画面をコチラに向けた。
紺色のブルゾンを着た白髪の男が、捜査官に両脇を抱えられ、車に乗せられている。

「ウケる。MIBに捕獲された宇宙人みたいだな……。ザマァ見ろだ。因果応報。この世に悪の栄えた験し無し……だぜ」

コーヒーを飲み干して立ち上がる。
そろそろ家を出る時間だった。
嫁と猫に挨拶して玄関のドアを抜ける。
寒風吹きすさぶ冬の空。
10年前の自分を思い出す。
なんの感情もなかった。
ただ。
150人もの人間からひたすら悪意だけを向けられるなんて経験は、たぶんもう一生出来ないだろうなと、そう思った。そしてその経験の鮮烈さの分、あの「天外魔境」の筐体のオレンジ色は、今でも俺の瞳に濃く焼き付いている。

俺を救って呉れた台だけど。
不思議と二度と、打ちたくない。

コメント

  1. シロ@焼きたてのパン より:

    blowing
    スロット打ちに行きたくなる話でした。
    過去があるから今がある。そう改めて考えてしまう回です。
    EDF!EDF!

    • ashino より:

      シロさん
      チワッス。
      イエア!!ありがとうございます。
      ほんとにねぇ。パチスロとそのときどきの思い出ってすげえ結びついてますよねえ