差別とキャベツと「ぼくのなつやすみ」

日常

本日は午後にちょびっと仕事したあと部屋で酒飲んで過ごした。ゆえに日記に書くことも特にないのだけども、ふと「今日はなんにもないすばらしい一日だった」というフレーズを思い出した。これ何だっけ……としばらく考えて膝を打つ。

プレステの「ぼくのなつやすみ」だ。

あのゲームの中では、一日の終わりに主人公(ボクちゃん)が必ず絵日記を書くのだけども、特になんの活動もせずにそのまま就寝すると上記の如く「今日はなんにもないすばらしい一日だった」みたいなことを書くのである。何も無いことが素晴らしい、というのは子どもというよりも爺の発想なのだけども、まあ少年よりも爺のほうに寄りつつある俺としては、その感覚もなんとなく分かり始めてきた気がする。実際楽しい一日だった。

さて。件のゲームをやっとる時の事だ。

実は俺には障害を持った叔父さんがいる。聾唖(ろうあ)だ。生まれつき耳が全く聞こえんのである。ケイちゃんっていうのだけども、彼は現在大阪に住みながら何かの工場で働いとる。お正月には長崎の実家に帰ってきて三が日を過ごすのがお決まりのパターンになっていて、まあ多分一昨年も去年も、そして今年もそうやって過ごしたはず。断言できないのは俺が正月に帰ってないからだ。

ちなみに聾唖の事を「つんぼ」というのだけども、これ物凄い差別用語のように感じるかもしれんがまあ我が家では実際そういう人が家族にいる手前、普通にバンバン使っておる。差別用語というのは得てして門外漢が勝手に不快感を覚えて問題視するものらしく、当の家族も本人も平気のへの字というか、なんならネタにして楽しんでいた節がある。ケイおじちゃんは根っから明るく、そして善なる人で、つんぼって言って怒るような人じゃないし、なんなら読唇にてそう呼ばれておるのが分かったら、耳の横に両手の人差し指を立てて「鬼」のジェスチャーして笑う──つまりは「おいそれ怒られるぞ」とギャグにする、そういうタイプのひとなのである。

ただ、彼の最初の嫁は「つんぼ」と呼ばれて激怒するタイプの女性だった。この辺はちょっと説明が必要かもしれんが、実は聾唖の人は聾唖の人と結婚する率が高い。何でかと言うとなんとか学会という団体がそういう人にバンバン声をかけ(聴こえないけど)生活を徹底サポートしたり結婚相手を探してくっつけたりするからだ。

誤解の無いように言っとくと我が家はモロに浄土真宗の檀家だし息子である俺は信仰らしい信仰を持ってない。ただ、聾唖である叔父さんはその生活の難易度を下げるために、なんとか学会に入信する道を選んだようだ。ただそれだけの話である。俺は関係ねぇ事をここに明言しとく。そして聾唖の男の嫁さんが聾唖、というのは単純に聾学校で知り合ってくっついたパターンもあるだろうけども、なんとか学会にそういう互助グループがあって、そこで出会った(というか紹介された)パターンも多いんだと思う。ケイちゃんの場合はまさしく後者だった。

でだ。ある日の事。ケイちゃんが嫁さんを連れて実家に来た。くるくるパーマのおばちゃんだった。完全にケイちゃんより年上というか、もはや老域に片足突っ込んでる感じの人で、俺は会った瞬間なんかすごい嫌な感じがした。態度が横柄というか、尊大というか。

我が家の家族は基本的に超おおらかというか、そこしか取り柄がないくらいの感じなのだけども、そのおばちゃん──Aさんの事も、会ったその瞬間から「家族」として受け入れた。

初日の晩飯の日だ。その日はケイちゃんの大好物であるカレイの唐揚げが出たのだが、そこで早速Aさんという女性の底が見えた。なんかひとくちも食わねぇのである。なんか知らんが大阪駅でお土産として買ってきたどら焼きみたいなお菓子を食い始める。オヤジが(ちょっとだけ出来る)手話で尋ねると、「魚介類は好かん」との事だった。

好き嫌いは別に良いのだけども、嫁として旦那の実家に初めてきた日の晩飯でその態度はねぇだろうと、俺なんかはちょっと思った。我が家の長老、婆様が「そしたら何がいい?」と訪ねた。するとAさんは「アンマーァ(ハンバーグ)」と答えた。

「おい、この人ちょっと喋れるぞ!」

オヤジが笑う。婆ちゃんも笑った。なぜだかケイちゃんが照れる。俺は黙々とカレイを食いながら「てか出されたもんダマって食えよ」と言った。超絶お婆ちゃん子である俺には、このタイミングでハンバーグを作らそうとするAさんの事がなんとも身勝手でわがままに見えたのだ。

「ひろし、いいから。大丈夫──。ひき肉あるから。焼くよ」

婆ちゃんがハンバーグを作り始める。もさもさとどら焼きを食い続けるAさん。しばらくして焼き上がった、トマトソースのハンバーグを箸で何回かつついて、首を振った。どうやらお腹いっぱいらしい。

「どら焼き食ってるからでしょうが!」

オヤジが笑う。婆ちゃんも笑っていた。ケイちゃんがなぜだかちょっと照れる。流石に俺もちょっと笑った。駄目だこの人。と思った。いくらなんでもこの人はねぇぜケイちゃん。と思ったけども、口には出さず。もはや気にせずみんなで飯を食ってたのだけども、話題は必定、いましがたのハンバーグ事件に集中する。

「やっぱ、つんぼの人はちょっとワガママに育っとるとかも知れんね。ケイは全然そがん事なかけども」

オヤジが言う。婆ちゃんも笑いながら言った。

「つんぼの人はねぇ、やっぱり大事にされるけんねぇ。うちはもうケイは普通に育てたけん。好き嫌いなかもんねこの子」
「てかさー。カレイ食えよマジで。つんぼだからって駄目だぜAさん。うめーからちょっといってみ?」

ワイワイ喋りながら飯食ってると、突然金切り声が聴こえた。びっくりして見ると、Aさんが顔を真赤にして何か言ってる。どうやら彼女はちょっと耳が聞こえる人らしく、つんぼつんぼ言ってるのが気に触ったらしい。

「キャーベツ! キャーベツ!」

どうやら差別、差別、と言ってるらしい。オヤジが困惑した顔で言った。

「差別じゃなかさ……。ケイだってつんぼやろうもん。普通にしよるだけたい」
「もー……。面倒くせぇなあ……。いいからカレイ食えよもう……」
「キャーベツ! キャーーベツ!」

状況が読めなかったのは婆ちゃんだ。この人に限ってはマジで差別意識ゼロだったし、何で怒ってるのかも全くわからない。というか怒ってるというのすら理解できてなかった。小首をかしげてこういった。

「ん? キャベツとってほしいの?」

ケイちゃんが食うカレイの唐揚げには、付け合せにキャベツの千切りが乗っていた。それを指差して「ケイ、Aさんにキャベツあげて」と普通に返す。それの流れで俺はもう我慢できずに爆笑してしまった。

「ちょっと婆ちゃん。差別って言ってんだよ。差別」
「差別? なんが?」
「だからつんぼって言葉で怒ってんだよ、この人」
「キャーーベツ! キャベツ!」
「ほら、これ差別っていってんだよ」
「あー……。差別ね。んー。そがんこと、言われたことなかけど……」
「差別なもんかね……良いよ放っときな」
「キャベツ!」
「うるせえなあ、黙って食えよもう……。あんたハンバーグもちゃんと食えよ全部。婆ちゃんが作ったんだからな? 絶対食えよ?」
「キャベツ!!」
「もうちょっと刻んだ方がよかっちゃろか。キャベツまだあったっけねぇ……」
「だから婆ちゃん、大丈夫。違うから。座って──」

ノー差別。それどころか聾唖の人を一切特別扱いしない。実際、身内に聾唖の人がいる家庭ってだいたいこんな感じだと思う。

飯を終え。自室に戻る。やりかけの「ぼくのなつやすみ」を再開すると、ちょうど上記の「きょうはなにもないすばらしい一日だった」という日記が流れるシーンだった。未だに、件のゲームのプレイ動画なんかをネット見かけると、あの時の「キャベツ!」が思い出される。

ちなみに、ケイちゃんとAのさんはその後3ヶ月くらいでスピード離婚した。翌年くらいにまた聾唖の人と結婚して実家につれてきたけども、今度はつんぼって言われてケイちゃんと一緒に笑うタイプの、すげーいい人だった。未だに、二人は仲良く大阪で暮らしている。

以上。また。

コメント

  1. より:

    あっ
    肝臓······